日本代表がドイツW杯で惨敗といってもいい結果になった、その原因は?
金子達仁を含むスポーツライター達が、膨大なインタビューを交えて検証した。
ドイツまで足を運んだ私も読んでみました。
「代表チームの人間関係がめちゃくちゃ」「勝とうという意志が見当たらない」
「監督の采配が」という、素人でも見て取れた一見原因のようなこれらは実は
「結果」であって、こうなるに至った理由…というのは、マスコミはもとより、
サッカー協会ですら把握してなかった(してない)のではないだろうか。
原因はいくつもあって、それはよかれと思ったことに偶然が重なったり、
誰もが目をつぶってしまったことだったりするのだけど、ならべてみると
「あー、そうよねー」と頷くばっかりだったりする。後知恵というのは簡単かも
しれないけれど、誰がそれをきちんと読ませる言葉でまとめたであろうか。
スポーツライターならではの発見も、もちろんあったりする。
ディフェンスラインに対する考え方の相違、なんかは目からウロコだった。
ヨーロッパ流を学んできた日本人の理屈が感覚的に分からないブラジル人のジーコ。
ヨーロッパ流の戦い方を求めるFW、中盤と、アジアカップで成功した日本的
チームワークを求めるDF陣との溝。
ヒディンクとジーコの戦略の差。なるほどヒディンクは国際的で合理的な
オランダ人であるなあ、と読みながら強く感じた。
ドイツW杯に対する代表選手や日本人の態度は、はからずも今の日本の縮図になっているように読める。
日本の社会の枠にとどまれず海外に飛び出していった選手が、根っこが抜きがたく日本人のメンタリティである国内組選手と考え方、ものの進め方が違って当然で、そこを誰も理解できず、表現もできなかった… というのは、ちょっと悲しい。
まさにそここそが、2002年日韓大会のときと大きく変わった(発展した)状況であったがゆえに。
また「日本人は、戦えるようになるためには、誰かにスイッチを押してもらわないといけない国民なのだ」という金子達仁の一文は、この一冊の最後にあって、また昨今の選挙騒動やなんかを考えるにつけ、胸にずっしり響く。
恐れ気もなくここまで内容・文章ともに鋭く深い本を出せたのは、ライターが皆30代~40代前半の、大人でありながらまだ勢いのある年代の人たちであったからではないだろうか。他分野のジャーナリズムもかくあってほしい、と思える本だった。
もう文章が上手くって、ドイツでの試合、実況風につづっていきながら分析していく章では、暑くてつらくて切なかったカイザースラウテルンの午後がまざまざとよみがえってきて、もう…
ところで、
「中田英寿という時代」増島みどり著 も借りて読んでみたんですけど、
彼と仲のいいジャーナリストが、本当に知るべきところを突っ込んでるとは限らない…
という不満がなんとなく残る。
彼の考え方や生き方は大したもんだとは思うけど、こと今回のW杯となると、
仲良しのジャーナリストほど「中田万歳」なアプローチになって、
「なんでマスコミ通して同僚にもの言うようなことしたわけ? チームメイトの反応とか
想像できなかった?」とか、
TV朝日でW杯の試合解説をとうとうとしてみせたけど、なんでそれを試合期間中に
みんなでやらんかったのか、とか
彼自身のやり方(是非ではなく方法論として)や考えを突っ込もうとしない。
訊いても語らない人だとは思うけど、それこそが「結局彼って特別な人だしー」の
ありきたりな結論に多数を導いているのだと思う。
この本は「中田語録」に終始している、それ以上それ以下のなにものでもない。
もう少し、同時代・同世代との影響考察なんかしてるのかと思ったんだけど、残念。
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