5-2.2006年とそれ以前の海外渡航

2006年10月16日 (月)

オランダ1泊3日出張

ということで、16日に出発して現地滞在24時間、18日午後帰国。
ひっどい風邪で、成田のゲート前であわやの状態になるものの、
JALのアムス行きに朋友が乗務、おかげで手厚いサービスを受けまして。
きつい薬飲んで、おいしいお酒とご飯をおなかいっぱいいただいて
ずっと寝てたら回復のきざし。
ま、そういうことなんだよな…

仕事はそれなりにさておき、帰りのフライトでまさかパーサーを呼び出すような
事態になるとは思いませんでしたよ。あの子も、運が悪いというか。

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2006年10月11日 (水)

上海出張 その3 & 食在上海

朝早くから起こされたものの、もはや体は限界。近くの地元民用店舗でお土産を買いたかったが、ぎりぎりまでごろごろする以外動けなかった。
11時にロビー集合で、東京営業組のA社男性2名はMAGLEV
(磁走ことリニアモーターカー)、弊社女性3名はタクシーで空港へ。

前日に「その時間は渋滞するから、早めに出たほうがいいよ」とタクシーの運転手に
言われていたが、その通り途中ぎっしり混んでるところがあった。
まあ、どんなに混んでても倍の時間がかかるわけじゃなし、ただ渋滞してると
ストップ&ゴーが多くて車酔いしちゃうなあ、と思ってたら、ミキティが中国語で
ぼそっと「飛行機、午後2時の出発なんですよね」とつぶやく。

そこから運転手のおやじ、「俺にまかせろ!」モードに突入。
わずかな隙間をすり抜け、クラクションを鳴らして強引に割り込み、路側帯もかまわず
突っ走る。とっさのハンドルさばきで衝突を避け、大きく車が揺れて思わず3人が
悲鳴をあげると、おやじ「ニヤリ」と不敵な微笑。ミキティが今度は日本語で
「私の知人で、こんな危ない運転やめてくださいって言ったら、俺の運転技術が
信じられないのか!と怒らせちゃった人がいるんですよね…」とつぶやく。
確かに上海タクシードライバーは世界一運転がうまい。それは認める。でも、ほら私の
真横15cmのすぐそばに、ダンプの車輪が!

おやじ大したもので、1時間強でリニア組よりも早く空港に到着。惜しむらくは
JALの看板の近くに停車しなかったことか。
リニアは地下鉄からの乗り継ぎのタイミングで、所要時間が左右されたよう。
「どんなところで速さを実感したか?」ときいたら、
* 高速道路の車が止まって見えた
* 対向リニアとすれ違うときの目にもとまらぬ速さ(相対速度は800㌔超だものな)
とのこと。

心臓ペースメーカーにとって手荷物検査場のボディチェック用磁石棒は大敵なのだが、
(主治医は「一旦止まるけど、数分後に復活すれば大丈夫」というけどその間がねえ)
10年前に出国するとき、英語で書かれたペースメーカー手帳を提示しても有無をいわせず磁石棒チェックされてしまった。
国際化進んだ今回はどうか…と思いきや、意味なく全員金属探知機をぴんぽんと鳴らし、
やはり磁石棒をふりかざしてくる。手帳を出しても「何それ?」な顔。あわてて
ページをめくって、中国語の助教授をやってる友人から教えてもらった単語
「心臓起搏器」を見せると、「啊!」とやっと理解してくれる。
やっぱり公的なあたりは、微妙に国際化できていない…

帰りはJAL。おお、シートテレビが付いてる!お酒もタダだ(しかもビールは
プレミアムモルツ)!ご飯は鰻丼だよ! 行きのNWと比べると天と地の差が。
日本のビジネスマンターゲットの競争の熾烈さが見えてくる。
残念なのは体調がどんどん悪化していく一方で酒が飲めなかった(まだ言うか)こと、
同じ列の日本人おやじが本のページをめくる度に肘掛をばんばん叩いて、
振動でちっとも眠れなかったこと。
なかなか、欧米路線ほど機内マナーの良い人が多いというわけにはいかない。
そんなこんなで慌しく帰国、来週はまたオランダに飛ばないといけないが、
ついにこの後気管支までやられてダウンする。それでもやることが多すぎて、
這うように会社に行くうえ残業までしないと終わらない。
果たして無事に、渡欧できるのか?

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さて、ミキティの強い希望で連れて行ってもらったお店は、虹橋地区近くの中山公園そば、
「夏味館」というお店。8元の燻製玉子が最高に美味しく、化学調味料不使用と、
ある上海在住者の方のブログから見つけてきたそうな。日本語併記メニューがあったので、
ガイドブックには載ってないけど現地駐在日本人に大人気、といったとこでしょうか。
実際、2階席ではいかにも接待な日本人ビジネスマンたちに、
いかにも接待なコース料理が出されてました。
燻製玉子は最後の1個だったので、ふたりで半分こ。白身にしみた燻製の風味が
鼻に抜けて、なんともフシギな深い大人の風味。このために来たのに、腹をすかせた2人は写真もとらずにがっついてしまった (^^;)
他に「蟹味噌と卵のあんかけ豆腐」とか「田うなぎ入り刀削麺」、「芹菜の炒め物」など。
P1010186
芹菜は辞書をひいたら「キンサイ・セロリに似たセリ科の植物」と出てました。なるほど。
デザートも2種。こちらはかぼちゃを使った蒸し物。中の餡にミントが入っているのか、食べるとすーっとさわやかな味。
P1010187
もともと上海料理は、北京や広東ほど油っこくなく、薄味で日本人向け。ここのお料理は本当に胃に優しく舌に楽しい洗練されたもの。店員もきちんと仕事ができて(時々無愛想なのはお約束の範疇)、2人で200元いかなかった(お酒は飲んでません)ので、
中国人にはともかく、日本人にはたいへん嬉しいお店といえましょう。

外灘でミキティが買ったのが「山査子(さんざし)の飴がけ」。1本3元。P1010191
大きく見えるけど1個がピンポン玉くらいの大きさで、りんご飴の小さいのがいっぱいついてるかんじだそうな。かじるとしゃりしゃり飴の割れる音がする。中に入ってる種はその辺に ぺっ とするのが当地流。

空港でつい買ってしまったのが「娃哈哈(わはは)」という名前のアヤシイドリンク。
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自販機で10元。高いですね。麗江人さんのブログで「コーヒーコーラ」など見つけてこういうザ・中国みたいなものを買いたいなあと思っていたのでつい。
P1010199 自宅で開缶。「拉開即食」と書いてあるだけあって、蓋に折りたたみのスプーンが。
中身は「純浄水、白砂糖、糯米(もちごめ)、米仁(?)、赤豆、紅芸豆、花生仁、蓮子(ハスの実)、桂園(リュウガン)、銀耳(シロキクラゲ)、安賽蜜(?)」。
P1010200
ほんのりあずき味のとろっとした甘い液の中に豆や穀類が入ってる、デザートとおかゆの中間みたいなかんじ。1缶360ミリだと結構カロリーありますよ。完全にお食事がわり。
日本だとおかゆの缶詰とかってあってもよさそうな気がするけど、ないですねえ。

失敗したのは「まさかこんなのを買う人だとは思わなかった」とA社に対する自身の
イメージを崩してしまったことでしょうか(^^;)

まあ、そんなこんなの忙しい3日間でした。

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2006年10月10日 (火)

上海出張 その2

翌日のミーティングはつつがなく終了。
明日の昼便で帰らなければならないので、買い物も食事も今晩が勝負。
本当ならばA社&自社同僚のみんなとお付き合いするのがスジなんだろうけれど、
中国大好きミキティはmixi でこっそり、どうしても行きたい郊外のレストラン、を
ぼそっとつぶやいていた。虹橋地区近辺、地下鉄も通ってないあたりなんて、
みんな行きたがるわけはない。団体行動の苦手な私はこれにのっかって
「どうしてもこのコが行きたいっていうんで、私ついていきますわ」とかなんとかいって、
とっとと2人でお出かけに行ったのだった。

ここからのミキティの行動力がすごい。レストランの名前しか知らない、となれば
コンシエルジュにさっさと向かい、中国語でお願い開始。こんな可愛い子がぺらぺらの
中国語で訊いてくれば、コンシエルジュのお兄ちゃんも親身に応対してくれるというもの。
住所と電話番号を調べてくれて、予約までとってくれた。
しかも予約を入れるときに「…両位日本小姐」と言ってくれた。密かに嬉しい。
いつまで「小姐」って言ってもらえるかなあ。

ミキティは英語も達者なトリリンガルなのだが、この時点で既に中国語モードから
抜けられなくなっている。「いいですよね?」と私に確認しようとして
「可以嗎?」ときいてくる。
その程度ならわかるから構わないしミキティも気楽なようだが、その程度しかわからない。
タクシー運転手とミキティの会話は、三分の一もわからなかった。
先生、ほんとごめんなさい。4年間勉強したはずなんだけど。

実は10年ほど前に、前にいた会社の仕事で上海に来たことがある。
空港は虹橋のひとつしかなくて、まだまだ街は汚く、タクシーもシートの革がずたぼろに
破けてスプリングが見えていた、そんなかんじの頃だった。当時、日本語も仕事もよく
できる可愛い中国人の女の子が上海オフィスにいて、いろいろと助けてもらっていた。
仕事のあと、彼女が夜の外灘に連れて行ってくれた。車がびゅんびゅん走り去る大通りを
手をつないで走って渡り、アベック(という表現がぴったりくる)だらけの大河のほとりを、
ふたりでいろんな熱気にあてられながら散歩した。そのときもテレビ塔がらんらんと
輝いていて、日本から遅れた時代の街中のイメージとかみあわず、この都市はこれから
どうなるのかなあ、ととってもエネルギッシュな彼女と話しながら思ったものだった。

余談だが、そのとき彼女と私の上司双方から「あの子はいつもよくやってくれているので、
夕食は彼女の行きたい店どこでもいいから一緒にいって、全部経費でおとしなさい」
と言われた。彼女が連れて行ってくれたお店は、観光客など来ない、
東京の感覚からするとかなり小汚いとこだったけど、彼女にすれば
「彼氏や、本当に仲のいい人と来るとっておきのお店」なのだ。
もちろん料理はすべて美味しく、でもたらふく食べても
二人で800日本円程度ですんでしまった。
帰国後領収書を出すと、「え、それだけ!? どうしよう、上海出張っていうから、
今月出張予算多めにとっといたのに、使い切んないよこれじゃ」と係長に文句を
言われたものである。確かに、彼女と出かける前日、上海視察にきた本部長たちの
接待(にくっついていった)のお店に払ったお金は、これにゼロふたつ足したくらい
だったはずだ。でも、料理は子供だましな味だったけど。

10年間の上海の変わり様に、今回とても驚いた。
街がきれい(東京から別便で入っていたT嬢は「ねずみの死体を見た」と騒いでいたが、
そんなのはお約束の範囲内)。車がきれい。タクシーの座席には、ぱりっと糊のきいた
白いカバー。上海ど真ん中で働く女性たちの格好は東京のそれと変わらないし、
超高層ビルの間をぬけて走る高速から見る夜景は、
まるでSF映画の中にでも入ったかのよう。
道を広くとってあるので、狭苦しい香港より快適で垢抜けている
(ように、少なくとも感じられる)。香港のメリットは英語が通じやすいことだけど、
多くの日本人にとっては、観光目的なら安くて近い上海のほうが
楽しみやすいに違いない。

さて、夕食(別の日記で紹介)のあと、時間もあるしとりあえず観光名所「新天地」を
押さえときますか、とタクシーで移動。道でぼーっと立ってれば、
タクシーの方から寄ってくる。
どうやら今回、少なくとも私は「日本人」扱いされているらしい。
欧米ではいつも中国人にしかみてもらえないが。
新天地はオープンカフェやショッピングモールのある、外国人向け娯楽エリア。
行ってみて2人で口をそろえる。「ここは、中国じゃない!」
屋外でお酒や喫茶を楽しめるのは、夏以外はすごしやすい上海ならではだけど、
その風景はどう見てもヨーロッパのどこか。白人がやたら多くて、
六本木や青山以上に欧米風味。
いちおう来たついでに、アナベル・リーでシルク小物のお買い物をしてみる。
値段相応に良質な品物(というだけですごい進歩なのだが、
昔のようなお値打ち感は少なくなっている)。
こんなとこで飲んだって、中国来たかんじしないよねー、つまんないねー、
なんて言ってたら、同僚たちご一行はここで酒宴をしていたのだそうだ。
しかも日本と変わらない価格で。まあ、やっぱりうちら集団行動できない性格って
ことですか?

あっさり新天地を一回りして、今度は外灘へ移動。P1010188
タクシーが着くや否や、何本もの手が窓から車内へ伸びてきてぎょっとする。
運転手も苦笑いなその勢い、何かと思えば旅行代理店の電話番号を書いた紙切れを配っているのだ。P1010195
年端もいかない子供たちがとにかく観光客とみればすがりついてきて紙切れを押し付けていく。効果があるのか、そんなに旅行代理店の競争が熾烈なのか???

きれいに整備された遊歩道に驚きながら、かわらぬ華やかさのテレビ塔と心地よい海風を堪能して、ホテルへの帰り道へ。途中、ミキティが
「あと1日時間があったら来たかった」という、和平飯店のジャズバーをのぞいてみる。
…ここは良いです。レトロな構えの店内に響くジャズの生演奏。租界時代をほうふつと
させる雰囲気。新天地なんかより、よほど素敵な大人の上海ですよ。
つくづく、時間のないのが残念(って、仕事だってば)。
次にミキティ、朝の散歩で目をつけていたTシャツ屋に飛び込む。パンダが太極拳の
24種の型をしているイラストの入った可愛いのが、どうしても欲しかったらしい。
「1枚40元」と言われて「ええっ、もう少しまけてよ!」と中国語で交渉を開始する
ミキティ。これが中国でのお買い物の醍醐味、と彼女は言うのだ。
もともとめんどくさがりの話ベタ、アジアの国に行けば逆に精気を吸い取られてしまう
タイプの私にとってはこういうのがアジアの国に行きたくない理由なんだが、
それでも2人のやり取りを見てると彼女の言う「面白さ」がわかってくる。
もちろん、相場とコトバがわかればこそ、の部分は大きいと思うけどね。
最終的に1枚25元(確か)、2枚お買い上げで交渉成立。
やりとりを聞きながら、「そうだ、安くして、って中国語でこう言うんだった」
なんぞと復習していたのは内緒。

最後にミキティはホテルそばのマッサージ屋へ。
この頃には完全に声枯れしていた私はホテルへ帰投。風邪薬をのんで、
明日はお昼のフライトだから、朝ゆっくりできるな…と寝るものの、やっぱり朝7時半に
がごーん、げげーんという大騒音で起こされる…

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2006年10月 9日 (月)

上海出張 その1

そもそも、今回上海で開かれるおフランスの親会社A社主催のミーティングの内容は、
どう考えても私の担当外。
ところが9月の休暇から戻ってきたら、いない間に支社長が勝手に私を会議に
アサイン、本社に報告してしまっていた。
それだけでなく、ミーティングの日は、半年前から決まっていた病院での大事な
検査の日。しかもミーティング翌週は1泊3日の強行軍でのオランダ出張が
既に入っている。半期締めのデータもやってくるし、
月末は会社のお引越しだからその準備も。冗談ではなく、病院のほうは行かないと
まずいんだが、と交渉してもなにしろ支社長が勝手に決めちゃったことである。
私の英人上司は、たいへんジェントルマンな言い回しながら
平たく言えば「死なないんだったら行って来い」と私に命令するほかない。

しかもミーティングは10日に開催なので9日に上海に移動しないといけない。
そう、国慶節休みの最終日。中国に向かうフライト全便が、完全ど満席の状態。
日本からはA社、弊社含めて総勢10数名が上海へ移動。
前任地で中国の管理も担当していた英人上司は、こんな時期にしかも上海で
アジア地域の社員を招集するようなことをするとは論外なこと、
と当初から航空券の調達について支社長と粘り強く交渉してくれていたが、
オランダ人支社長は平社員ごときに金をかけようなどとは考えない。
私が状況を説明すれば、しまいには「そんなにがたがた言うんだったら、
行かなくてもいい!」と逆ギレされる。
前職の先輩や友人から国内航空会社の最新情報を仕入れ、やっとのことで
お金を出して、でもNWの上海行きなら航空券を切ってよし、と許可させた。

この時点で、既に先月から続いている不調はひどくなるばっかりで、
そのうえ会社内に蔓延している風邪菌をしっかり移されてしまっていたらしい。
出発前日、明らかに全身から警告のサインが。
風邪薬とドリンク剤を荷物に詰め込んでおく。

さて、微熱でかったるい体をひきずって成田空港についてみれば、
上海行きNW25便は、週末荒れ狂った低気圧の影響で乗せ切れなかったお客が
後倒しになっているらしく、十数名のオーバーブックが出ているとか。
カウンターにたどりつくなり、「降りてください」と言われる。
訓練生のバッジつけてるくせにえらそーに何言ってんだ、これほどの
高額運賃払ってるエコノミークラスの客が他にいるってか、とムッとくるが、
こっちだって業界の先輩である。にっこり微笑んで、でも殺気を漂わせながら
「仕事です。明日の朝、上海で会議です」ときっぱり断言。
すると出てくる搭乗券。この程度で引き下がるくらいなら言うなよ。

ここで「手荷物に液体のものはありますか?」ときかれてえっ?となる。
さっき機内で飲むための水を買ったんだが。だって、上海行きでしょ?
「米系航空会社は、行き先を問わず液体類の持込禁止です」
最低。

仕方がないので、エビアンを洗面所で捨てる。
出国して、免税でマニキュアを買おうとする。前回出国時に品切れだった愛用品。
そして搭乗券を見た販売員から言われる。「NW便なので… 液体のものは…」

マニキュアでテロできるかよ!!

アメリカの無知な横暴に腹が煮えくり返るが、この時点で実は肝心のことに
気づいていない。風邪菌はまずアタマを蝕んでいたようだ。

搭乗口で、同じ便にのる営業部のミキティと人事部長に合流。
デトロイト発成田経由上海行きの機材は、見事に遅延到着。
NWで定刻出発しようなどとは思わないけれど、到着が夜かなり遅くなって
しまうので、嬉しいことではない。今回ひとりでないうえ、ミキティが
中国語の達人なので何があっても気楽ではあるけれど。

1時間遅れでやっと搭乗。なんとドアサイドで全員手荷物検査。
そう、今回私はピギーバックを預けず、機内持ち込みにしていたのだ。
ここで初めて「しまった!」と思う。係員のおっちゃんは見逃さなかった。
化粧水、シャンプー、右手靭帯切断の後遺症のための塗り薬チューブ。
くわっ、と怒りの形相になった私に係員、
「あ、でもジップロックに入れれば機内持ち込みできますから」
知らんわいそんなこと!なんでコットンの巾着袋ならダメで、
ジップロックならいいのよ!
「TSA(米国安全保障省)の決めたことなので…」そんなもん、持ってないわよ!
「あ、ここにありますから…」 だったら、早く出してよ!
せっかくきれいに入れてきた化粧品類を、わっしわっしとジップロックに
詰め替えてふたをする。
でもねえ、その横にあったカロリーメイトゼリーバッグとドリンク剤は
そのままなんですけど??

他国で、あやまって免税で買ってしまったシャンパンを持ち込めず、
仕方なく一気飲みしたという例もあるそうな。どう考えてもこれ、
テロなみに機内が危ないと思うんだが。

むかっぱらをたてながら機内に入れば、中国人が多くを占める客況。
インターネットチェックインの弊害なんだが、3人、4人連れの中国人が1列に
まとまって座ることができず、機内のしかも中央座席のあっちこっちに
点在することが多発。
だもんで、出発前、機内を中国人があっちうろうろ、こっちうろうろ、空いてる
荷物入れとみれば自分の土産の山をつっこみ、通路に留まって大声のおしゃべりに
終わりがない。乗務員ふたりがかりでやっとかなんとか閉めた荷物入れがあちこちに
あったけど、あれでは絶対耐荷重制限越えてるに違いない。

やっとミールが配られてくれば、
「アルコール類は5USドル、500日本円を払っていただきます」。
がっでむ。
こんな機内食や毛羽だった毛布、うるさい機内なんだから、酒くらい飲ませろよ!
知ってれば自分で持ち込んだのに、と思ってから気づく。液体類持込禁止じゃん。

私の中のアメリカ嫌いメーターが、レッドゾーンまで振り切れた。

隣に座ってた中国人のおばちゃんは、ロンシャンのバッグを持ってるのに
明らかに機内食の食べ方が分かってなかった。私がふたを開け、フォークを
取り出し、ドレッシングをかけるのをじーっと見てから自分も繰り返す。
まあ、何十年か前までは、日本人も欧米人に同じように思われてたんだよなあ、
と思うもののとにかく機内マナーがあまりにもひどくて不愉快だったので、
そのまますておく。
どうせ英語通じないし、私は中国語すっかり忘れちゃってたし。

どうして中国人は、ひじかけを両方とも占領したうえ、隣の席にまではみだして
くるんでしょうねえ?

寝るに寝れず、ぐったりと疲れて上海浦東空港に到着。
関空を思わせるような近代的なデザイン、やたらめったら広い空港に
時代の変化をひしひしと感じる。
けどね。

両替すれば手数料50元(=700円)ってなにそれ?
ぼったくり精神は、意外と公的なところで健在。

22時をすぎた夜の空港を出ると、鼻をつく強烈な異臭。多分川のヘドロの臭いだと
思うんだけど、ねっとりとした夜の空気とあいまって凄まじい。
タクシー待ちの列でうしろにいたアメリカ人おじさんx2が手にしていた
ホテル案内のプリントアウトは、明らかに日本語だった。
え?という顔をしてると、「ねえこれって中国語で書いてあるよねえ?」ときいてくる。
違います。

私たちの持ってるガイドブックに載ってるホテルではなかった(新しいホテルらしい)
ので中国語でのホテル名がわからず。住所だけ漢字表記に直してあげたけど、
あれはタクシー代カモネギ決定だな。

こっちにはミキティがついているから没問題。
運転手とも軽快に会話をはずませる我らがミキティ。
今回は本当にありがとう。
しかし、浦東空港は本当に遠い。空港からのびる高速道路は、まわりに人気や人家と
いうものがまったく無い。片側4車線、とってもきれいに舗装された(←日本や韓国より
よほど良い)高速をがんがんぶっとばして、50分かけてやっと市内中心のホテルに到着。

お泊り&ミーティングはソフィテル・ハイランド。超超高級。
自社の出張だったら、こんなとこ絶対泊まらせてもらえません。
主催者がA社であったればこそ。
レセプションの人は流暢な英語をあやつるし、中国人が本気になれば
日本のホテル以上のサービスを提供するのは楽勝、でしょう。

やっとのことで部屋にたどりついたら、23時半をまわっている。
その後お風呂でカランとシャワーの切り替えに15分ほど悪戦苦闘し
(フランス人のセンスは理解できない)、疲れきって明けがたまで寝付けず。

そして朝7時半、がごーん、げげーんという大騒音にたたき起こされる。
なんとホテルの隣が大工事現場になっており、
朝もはよから多数の重機類がお仕事を始めていたのだった…

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2006年9月 5日 (火)

姉弟 in ユトレヒト

今年の私の短ーい夏休みは、in オランダ with弟 でした。
というより、英語のまるでできない弟がオランダ出張を命ぜられ、ならばいつとれるか
わからない夏休みをここで取って、初ヨーロッパの弟を引率してこよう、というわけでした。

IT零細企業に勤める弟の会社はさる大手通信&マスコミの曾孫請けをしており、
そこがAmserdam Raiのコンベンションセンターで開かれる国際見本市に出展するため、
一緒に参戦することになったとか。会社には弟よりはるかに仕事も英語も出来る先輩が
いるのだけど、この人が飛行機恐怖症(札幌出張に北斗星で行ったほど)なので
やむなく弟の出番になったらしい。が、姉としては無謀だとしか言えん。

お互いいい年なので姉弟旅行なんてする気はないのだけど、私の縁深いオランダで
2人でご飯たべることなんて、多分この機会を逃したら人生で二度とないよな、と
弟も仕事でばたばたで渡航準備どころではなかったこともあり、会場まで引率して
くれるなら願ったりかなったり、という話になったわけです。

今見直してみると(書いてるのは2006年11月です)ホントどたばたですね。
見本市のある時期はその国のホテル&エアー全滅というくらい混みあって値段も高く
なるのですが、案の定弟がホテルがとれないと困り果て(おおもとの会社は金にあかせて、
それでも3つ星ホテルを押さえるのがやっと)代理店がなんとかとったのが
ユトレヒト駅前のBest Western Hotel。1泊146ユーロ。Best Western で、ですよ!
部屋は十分広いのだけど、サービスや掃除はなっちゃいねえ。
駅近ってだけのぼったくりで、客層もやたら騒がしいアメリカーン多し。
(弟は滞在最終日、通路や周りの部屋でアメリカ人女子学生集団に騒がれて
夜寝れなかったそうな)
ユトレヒトに泊まりたい!という人は普通、中心から少し離れたところの
小さいホテルを選ぶようです。

私はというと当のフライトが満席で、弟と一緒に乗れるかどうかも危うければ、1週間くらいのんびりしてくるつもりが、どこをどう経由しても全エアラインオーバーブックで帰国できないことが発覚。唯一空いてたのが到着3日目の関空行きKLM、ってことで2泊4日で先に帰国することが決定。これが今年の夏休みですよ。
ホテルも四苦八苦した上、結局一緒のところに泊まるのがお互いラクだろ、
とネットで同じホテルを予約。

私がKLMに乗ろうとすると必ず何か起きる、のがジンクスですが、案の定というか
当然というか出発が1時間遅れました。その程度の遅れはいいのだけど、
チェックインに異常に時間がかかり、列に並んでからカウンターにたどり着くまで2時間かかりましたよ。
弟とおしゃべりしてればこそしのげたけれど、1人だったらつらかったぞこれは。
(いやこんなことになるのは私が乗ろうとするからだと言われるんだけど)
素人な弟が「ねえ飛行機飛んじゃうよ、大丈夫かな」と心配してるのがおかしかった。
カウンターに客がいるのに飛ばさないって。
でもダッシュで免税で買い物してお手洗い行ったら、搭乗開始でしたね。

スキポール空港に到着後、電車でユトレヒトへ移動し、ホテルチェックインして晩御飯。
名前はちっとも覚えてないのですが(^^;)運河沿いにあった屋外席もある
バーレストランに行きました。ワンプレートディッシュだけど山盛り料理
(しかもオランダらしくなく美味!)で、胃も舌も満足。
メニューはオランダ語で、もちろんきけば英語で教えてくれるのだけど、
そういうのが英語の出来ない弟にとっては困ってしまうとこなのです。
たずねるまでもなく私の出番だったので、まあ私も行った甲斐あったかなと。
すっごくフシギな感じでしたよ。弟とふたりで、ユトレヒトで晩御飯!

翌日から弟は仕事なので、早速ホテルからRAIまで引率。
切符の買い方、時刻表の見方、乗り継ぎの路線確認にプラットフォームの見つけ方。
ついでに駅構内のスーパーの場所や内容とかもチェック。
覚えてしまうとなんてことはないのだけど、いちいち日本と違うので
弟の反応を見るのは面白かったです。

RAIは、アムステルダムからはトラムで20分くらい。
ユトレヒトからはICでDuivendrechtに出て各停に乗り換え。
ICの本数がそう多くないだけで意外とアクセスルートはいろいろあって簡単です。

20060906_rai コンベンションセンター。見本市開始前の仕込み時期なので、まだ静かでした。

弟はトラム乗り場と時刻表の見方を学んでから、いざお仕事へ。
私はアムス&ユトレヒトへ観光。
今年はレンブラント生誕400周年記念ということで、レンブラントハウスの特別展へ行ってみる。
… 展示物交換のため1週間休館中(T T)
3月に来たときも休館期間だったのにっ!! 

国立美術館に行くと1日出られなくなりそうなので、途中弟の忘れ物を買い物しつつ、ユトレヒトへ戻る。
ランチして荷物を置いた後、ブルーナハウスまで運河沿いにユトレヒト散歩。

20060906_dom_tower オランダ一高い建物、ドム塔(112m)てっぺんまでガイドツアーで上ることができます(階段465段)が、時間と体力がなかったので割愛。
ユトレヒトの運河は、アムスと違って水面が路面よりずっと低い位置にあります。
歩道もせまくくねくねと曲がっていて、自転車や他の通行者や、
道にはみだしたテラス席、なんかをよけつつ石畳の上を歩くのは思いのほか大変。
町そのものは小さくて、中心の駅から繁華エリアはしっこのブルーナハウスまで徒歩30分くらい。バスだと10分くらいですが。

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拳銃強盗とかいう物騒なことがないかわり、詐欺の類で現金をぱくられる日本人が
多いのがオランダ。今まで「どうしてこんなのにひっかかるんだろう?」と思ってたら、
なんと身内の、弟がやられてました。
私が先に帰国したその後で。

聞くところによると、コンベンションセンター外のトラム乗り場のあたりに1人でいたところ、
警官だと名乗る190cm超の大男2人に取り囲まれる。
「最近麻薬をしみこまされた紙幣が出回っていて、そんなものを持っていたら出入国時に捕まるから、調べてあげる」と財布を出すように言われる。

バイク急便のフリーターをやっていたときに、無実の罪で路上で5人の警官に囲まれたことがトラウマになっている弟、おまけに英語もろくにできないもんだから、オランダ人の流暢かつ親切そうなスマイル、加えてK-1選手なみの体格に気おされて、あっさりと財布を渡してしまう。

「うん、大丈夫。気をつけてね」と財布を返されるまでの間、どーう見ても怪しい動きはなかったハズ、なのに。
あとでよーく勘定すると、2万円、抜かれていた。一体、いつ、どうやって…

外務省の海外安全情報ページ
http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4_S.asp?id=157
のオランダの項に、きっちりのってるんですが、
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偽警察官

 観光名所周辺において、犯行グループの標的とされた旅行者は、外国人を装った同グループの男から道を尋ねられる。その時に私服警官を装った同グループの別の男(1人または2人)が現れ、「麻薬の取締り」と称し、同私服警官は、先ずその外国人を装った男に旅券や財布の提示等を要求し、男はその指示に従う。次に同私服警官は、同旅行者に対しても同様に旅券や財布の提示を要求し、検査をする振りをして、巧みに紙幣を数枚を抜き盗る。

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まさか、お前がやられるとは ヽ(;´Д`)ノ
オランダに行かれる英語が得意でない皆様、Dutchの犯罪は知能犯が多いです。
財布やパスポートはたとえ警官といわれても路上で手渡したりしないこと。
渡せといわれたら、通りがかりでもなんでも第三者のところに行くかつかまえるかして、please help my English !! と叫びましょう。
姉貴添乗員も、ここまでは注意しなかった…不覚。

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2006年7月 4日 (火)

アーネム野外博物館

遊びに行ったわけではなく、ちゃんとお・し・ご・と。

私は時差ぼけの症状が人より激しく、眠れないなんてのは当たり前なうえ
ぼけが消化器系にきて、食べられない、おなかこわれっぱなし、になるのが常。
そのうえ滞在1、2日目はいつも夕方ぐらいに気絶しそうに眠くなる。
ここで1時間昼寝ができればあとは普通に夜を過ごせるのだけど、仕事だと
そうもいかず、といってお付き合いの夕食があったりするともう地獄。

というわけで、体調・日程・気候などをはかりにかけて、やばそうなときは
有休消化を兼ねて1-2日早めに乗り込んで、時差調整を行っている。
当然、前泊のホテル代は自腹です。
今回は仕事の余裕はドイツ帰りということで無いものの、日程と仕事の内容的に
時差ぼけではしゃれにならないことが予想されたので、先乗りすることに。

しかし、たった1日の先乗り、しかも時差ぼけの体だと遠出もままならない。
ドイツから中2週間での再渡欧で体は疲労困憊、にぎやかな街中に出る気には
まったくならず、とにかく夏のヨーロッパの緑あふれる静かなところでぼーっとしたかった。
それに、ぼーっと電車にゆられるのも好き。

夏のデ・ホーヘ・フェルウェ国立公園には一度行ってみたいのだけど、
ここは行くだけで半日がかり。1日ではまわれない広大すぎる場所。
アムステルダムから電車で15分の「オランダの日光江戸村」こと、ザーンセスカンスも
のんびり風車なんぞ眺められて良いところだけど、もう飽きた…

どっか無いかな、と地球の歩き方をひっくり返して見つけたのが
「オランダ野外博物館」 Nederlands Openluchtmuseum。20060704_openlucht_museum

アーネムはアムステルダムからICで1時間ちょっと。そこからトロリーバス
(路面電車の線路がないタイヤ走行のもの)で20分くらいのところに博物館。
44ヘクタールの広大な敷地(というか、山)の中に、中世から近代にいたる各時代の建物や、風俗などがテーマパークよろしくならんでいる、というもの。
まあオランダのことなので、大変、非常に地味ですが。
オランダ人の大人が行くにはかなり苦しい内容だけど、外国人にとってはもの珍しさも
20060704_tram 手伝い、良い季節ならハイキングにもなって(園内を15分ほどで一周するトラムあり。戦前?のレトロな板張りの車内)よいのではないでしょうか。
入場料12.9ユーロなので、安くはありませんが。
ちなみにこの隣にオランダ随一といわれる動物園があり、ご静養中の雅子様たちがオランダ皇太子一家と訪れていらっしゃいます。

お勧めか、ときかれるとびみょーな感じではあるものの、私の希望にはどんぴしゃ。
緑に囲まれた園内をぐるりとお散歩し、そのころいろいろと思い悩むことのあった
私は大きな池のほとり、木陰のベンチに腰をおろして、ひとりぼんやり物思いに。
夏の乾いた風が心地よく、どこまでも青い空は日本と違って、目の前に広がる。

なーんてのも10分としないうちにっ。
オランダでは人懐こいのは人だけではなく、あひる(?)たちも。20060704_gako_chan
気づけば餌よこせー、餌よこせー、と取り囲まれてヒッチコック状態。
落ち着いて考え事もできないっちゅーねん。

こんなお邪魔が入ったとはいえ、オランダの夏の緑を堪能したのでホテルへ戻ることに。
私には「ユトレヒトに行くとそこで足止めをくらう」というジンクスがあるのだが、
今回もアーネムへ行くには空港からユトレヒトを経由しないといけなかった。
そして見事、ナイメーヘン方面の人身事故のため、ダイヤ乱れでユトレヒトで足止めをくらう。
夕方のラッシュ時だというのに、すべての路線がめちゃくちゃで、空港行きのICが
いつまで待ってもこない。まわりにはスーツケースを持ったお客がわんさか。
…1時間待っても来ない。
相変わらずアナウンスは「ダイヤめちゃくちゃです」のままで、オランダ人たちも
「どうなってんだろうねえ」と困っている。
襲い掛かってくる時差ぼけの異常な睡魔、乾いた暑さで脱水寸前。
とっとと空港に戻ってご飯食べて寝ないと、まずい。
やっとホームに駅員が降りてきたので、あわてて駆け寄って話をきくと。
「あー、空港行きのICは運行とりやめたからー、アムス行きのICに乗って
Duivendrechtで空港行きの各停に乗りかえるほうがいいよー」
すらすらと英語で説明できるんなら、アナウンスしてよっ!!

それを聞いた周囲の数名と、アムス行きICのホームに猛ダッシュ。
同じような乗客が多いのかICとは思えない混みようで、客室に入れず、
乗り口のところにたむろするしかない。冷房は客室しか入っていないので、
鉄の箱蒸し焼き状態。
睡魔と暑さへの疲労(なにしろ日本で夏場に外で活動することがない)は耐え難く、
お行儀が悪いのは百も承知で二階席への階段に座り込み、
Duivendrecht到着まで爆睡…

ここまで体を酷使すると、社員食堂でオランダ人向けの夕食をぺろりと
たいらげることができるし、夜もぐっすりお休み。
そして驚いたことに、2日目には時差ぼけがきれいすっかりとれていたのです。
そりゃね、「お日様にあたって」「体をしっかり動かして」「ごはんをもりもり食べる」
のが時差ぼけ解消法だといわれますが、毎回そうもいかないわけでして。

ところで毎回、私がKLMに乗ると何かが起きるのですが、今回はこれでした。
20060703_slippers

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2006年6月 9日 (金)

ワールドカップ観戦記

実はワールドカップ、日本代表の試合を見にドイツに行ってきました。
同行者をさがしているときに、大学のサークルの同期生で
現在、島根大学でドイツ語の助教授をしているMくんに連絡をとり、
そこから話がはずんで、いっしょに観戦記のページを作ってしまいました。

http://cfle.shimane-u.ac.jp/german/index01.html  とか、
http://homepage3.nifty.com/moz/  とか、 
http://homepage3.nifty.com/moz/fussball/  

というあたりから入れます。
「ワールドカップ」で入り口探してみてください。リンクフリーです。

出だしのところで、私がオランダ語を使って仕事をしているみたいな
説明が入ってますが、これはMくんが勝手に書いたまっかな嘘です。
信じないでくださいねー!

なお、私はワードに書き散らした文章と未加工の写真を送っただけで、
校正・構成・デザインはすべてMくんがやってくれました。
私のパートの内容の薄さは、すべて私の拙さのせいであり、
少しでもおほめいただけることがあるとすれば、Mくんの尽力と
センスによるものであります。

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2006年3月18日 (土)

帰国!ジーコ監督!

17日(金)15:30に成田に着陸。
ブリッジを歩いて空港ビルに一歩踏み込んだそのとき。
目の前に、

ジーコ監督!!!!!

ブラジルでの休暇からの帰国だったらしく、奥様も一緒。
カメラマンにぎっしり囲まれて、鼻先数十センチでフラッシュをたかれ、
なんか見てて気の毒になりました。
とか言いながら、入国審査までカメラマンのすぐ外側をくっついて歩いてみたりする。
だって歩速も向かう方向も一緒だったんだもん。

とか言いつつ、今朝のスポーツ新聞に、ひょっとかしてジーコの背後に私の手か足くらい一緒にうつってないかしらと思いつつ3紙ほど買い込んでみましたが、残念。
載ってたのは全部審査後はなれてしまったあと。到着ロビー内のものばかりでした。
だったらなんでゲートのとこまでくるんだ、マスコミ。
びっくりしたのは、サッカーの仕事での移動ではなかったせいか、VIP扱いではなく、
ふつーに入国審査の列に並んでたことでした。
(日本の住民登録をしてると、「日本人」のブースから質問なしで再入国できます)
周りを日本人の格安ツアーの集団に囲まれ、携帯カメラでびしばしとられつつ、
入国の列に並ぶジーコご夫妻。協会も休暇だといっても、VIP扱いを航空会社に
頼んでおけばいいのになあ。

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